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グランパの山歩き [登山mountaineering]



基山(きざん)(404.5m)



1.2016年10月23日(日)



2.単独



3.交通機関:レンタカー



4.資料:分県登山ガイド39福岡県の山・山と渓谷社



     国土地理院2万5000図・二日市





はじめに



 元気な内に北部九州の歴史探索の旅に出た。古代人の遺跡巡りや魏志倭人伝に出てくる史跡を辿るのが趣旨。その中で663年、白村江の戦で敗れた大和朝廷は、山城の大野城と対にして基山にも朝鮮式の山城を築いた。偶々、近くの小郡市に住む友人の家に泊まったので、登ることにした。山名は「きざん」と呼ぶが、町名などは「きやま」と呼んでいる。



10月23日(日)晴 丸林コース



 8時20分、朝食をいただいてから出発。国道3号を北上して基山駅手前を左折、線路下を通過して信号のある秋光を右折、県道300を走行し宮浦ICの下を通過して丸林集落を通過して登山口「基肄城水門跡」に着く。

DSC07794.JPG



 8時55分、出発。水門は城の南側にあり、高さ1.4m、幅1m、奥行き9mある。樹齢約240mのタブノキがあり、その上の広場には高さ8.5m、長さ26mの石垣があった。

DSC07798.JPG

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 ルートを歩いていると右手に水場があったので口を濯ぎ飲んで行く。

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 6分後、分岐点にさしかかり、右手の史跡めぐりコース歩道を歩く。脇の藪にはジョロウグモが幾つも蜘蛛の糸を張り、頭上にもあった。18分後、案内地図があり、木段の登山道に入る。

DSC07808.JPGDSC07812.JPG登山口

 桧植林の中を進み、丸尾礎石群、礎石群の石を眺めていく。

DSC07814.JPG丸尾礎石群

DSC07816.JPG礎石群

 倒木に茸が群がっていた。

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    切り株の縁に群がる白茸



 9時38分、北帝門跡への標識を通過すると視界が開け、山頂が見える。基肄椽城跡の

碑が立っていた。

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DSC07822.JPG基肄椽城跡

 辿り着き、汚れた方位盤で山名を確かめる。先端に立つ塔まで行く。途中、右手の眼下に    草スキー場と標高320mの登山口が見えた。15分前後で登れてしまう。「いものがんき」という標識が立っていた。

DSC07824.JPG眼下の登山口

DSC07826.JPGいものがんぎ

 防衛上、尾根を切り取っている。塔は1933年に建立した、太宰府防衛の為この山城構築を命じた天智天皇の欽定之碑だった。

DSC07829.JPG天智天皇の欽定之碑

 眺めていると、中年男性がやって来て

脇の大岩について説明してくれる。(たま)々石と呼ばれ、荒穂神社のご神体で神が降臨する岩だった。

DSC07828.JPG霊々石

 南側にぼんやり見えたのは普賢岳だった。

DSC07831.JPG左上、普賢岳

 筑紫野に住んでいて、時間がとれると山に来ている。真っ直ぐ降りる道を教えてくれて別れる。



10時、折り畳みストックを伸ばして下山。只管足元を見ながら降りて行く。高度330mで水の音が聴こえた。

DSC07833.JPG

25分後、分岐点に戻り5分後、車に戻る。




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