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グランパの日記Akihata's Diary [登山mountaineering]

             樽前山(1041m)

1.2002年6月19日(水)

2.単独行

3.レンタカー:¥5670 走行距離61キロ ガソリン¥509

地図:国土地理院1:25000樽前山、風不死岳

   昭文社:山と高原地図②ニセコ・羊蹄山

 8時過ぎ、マツダレンタカーの事務所に行く。昨日、応対した青年が手続きする。1300CCの車を6時間借りる。

「時間が余ったら、苔の洞門に寄ってみようと思っているのですが」

「今は閉鎖しています。苔が荒らされ、大岩が塞いでいます。その上、熊が出るようになりました」

 車は未だ3738キロしか走っていなかった。樹林帯の中、国道276号線を走行。真っ直ぐ行くと札幌に出る所を左折してしばらく走る。樽前山の標識が見えた。左折。直ぐ未舗装の道になる。道道161号も樹林帯の中だった。更に登山口に向う。両脇の溝が深く、タイヤが落ち込まないよう真中を走る。標高660mの7合目にヒュッテと駐車場がある。既に14台停まっていた。

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 9時、入山届を出し、危険地域をマークした地図をピックアップして出発。ミヤマハンノキとナナカマドの林を抜けると、見晴しの良い礫地に出る。支笏湖が見えた。

          支笏湖の小船動かす夏の水

 樽前山には樹木は生えていない。丸太の階段を登っていく。道脇にエゾイソツツジが続く。ベージュ色の小さな花がかたまって咲いていた。小学生でも登れる道を歩く。遠く苫小牧の工場や市街が見えてきた。先行していた夫婦に追いつき、花の名前を教えてもらう。咲き始めたイワブクロはタルマイソウだった。3年振りに登ってきたが、道が整備されているという。

 9時40分、外輪山に出る。溶岩ドームの異様な塊が見えた。

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中腹から噴煙を出している。有毒成分が含まれているので立ち入り禁止になっている。山は約9千年前の噴火でできた。1667年と1739年の大噴火で火口ができ、1909年には4月17日から3日間で溶岩ドームができている。風が気持ち良い。外輪を回る。樽前神社奥ノ院の鳥居は半分石壁で守られ、岩室があった。

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火口原に降りていくと、硫黄の臭いがする。ドームの一部が黄色くなっていた。足元にはエゾイソツツジとタルマイソウが咲いている。イワヒゲもあった。

DSC00230.JPGドーム

溶岩流の跡を超えていく。岩礫に筒状の黄色いウコンウツギが咲いていた。花の内側は赤くなっている。高度900m切って登り返し西山に達する。誰もいない。

DSC00231.JPG西山

 支笏湖の西側が見えたが、羊蹄山の方は曇っていた。

DSC00232.JPG支笏湖

少し戻って左手に降りていく。ドームの風景が変り、黒い頂がギザギザしてきた。火口原から東山に行く道は立入禁止なので遠回りする。

 風不死(フップシ)岳への分岐点でカメラを手にした中年が休んでいた。外輪の道を登っていくと登山口で一緒だった4人組に出会う。彼らも写真目当てだった。岩雀だろうかチュッチュと鳴き声が聴こえる。

 11時15分、東山。ここよりドームの頂の方が高いが登れない。

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頭がオレンジ色の黒虻が群がってくる。彼らの縄張りのようで、汗の臭いが招いたようだ。

DSC00241.JPG右下、黒虻

 ほうほうの体で降りていく。しばらく後ろ首を狙ってきた。外輪山に戻り、海側に座って食事。コーヒーとパンにする。軽装の団体が降りて行った。食後、2本のストックを使って降りる。林の中を降りていくと道端に穴から出たばかりの蝉の幼虫を見つける。

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 見晴らしのきく所で団体が休んでいた。隠居組が多い。東京から来ており、雌阿寒山などを登り、これから温泉に入り、札幌のお祭に繰り出す。ここは支笏洞爺国立公園の中だった。

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 12時10分、登山口に戻る。今日、届けていたハイカーは40人。トイレに行ってから車に乗る。樽前・錦岡線を走って苫小牧に向う。殆ど使われていない道だった。途中、錦多摩川を堰きとめてダムにする工事現場を通る。市街に入って国道38号線の手前にある六車線のバイパスを走って戻る。

 13時20分、近くのENEOSガソリンスタンドで満タンにして車を返す。

Tarumaesan(1041m) in Hokkaido. 200Famous mountains in Japan

1.   Accesscar is better. Chitose airportnational road36,276,Dodo141,

           Tarumaesan hut

2.   AccommodationTarumaesan hut(0144-32-6111)no meal

3.   Information:Tomakomai city commercial& tourist(0144-32-6111)

4.   SeasonmidJun to Sep

RecordsAug10

9:00-9:40   climb from Tarumaesan hut(660m) to the outer rim of crater.

9:40-10:25 walk to Nishiyama(995m).

10:30-11:15  walk  outer rim of crater ,around dome, up to outer rim, Higashiyama(1023m).

11:20-12:10 back to starting point.


グランパの日記Akihata's Diary [登山mountaineering]

                     富士山(3776m)

.2001年8月5~7日

2.同行者:大学同級生AYK

3.自動車:距離411キロ ガソリン51.23 高速代¥7000.

4.宿泊:箱根保養所¥4500 頂上富士館¥7000

5.温泉:市民温泉会館¥500

8月5日(日)

 13時、京浜東北線上中里駅でKをピックアップ。首都高速羽田線から横浜に向かい、高速K1からK3を経由して横浜横須賀線に入る。港南ICで降り、直ぐ左折、しばらく走ってファミリーマートに入る。AYは既に待っていた。奥さんと久しぶりに会う。15年以上前、パリ郊外のレストランに一緒に行って以来だった。

 14時10分、出発。元国道16号線だった有料道路で、東名町田に入る。厚木小田原道は狭いなんて言いながら走っているうち、厚木を通り過ぎてしまう。秦野中井で降りて西湘バイパスを走る。

 16時25分、元箱根の保養所。早速、部屋で富士登山駅伝番組を観る。例年8月第1日曜日に行われる。明日登る御殿場コースを往復3時間26分で走っていた。風呂に入ってから夕食。今晩は芦ノ湖で花火大会があり、納涼船に乗る人達は、早く食事を済ませて出かけていた。 食後、部屋からも花火が見えていた。

8月6日(月)

 5時5分、出発。芦ノ湖に沿って走行、千石原からユングフラウ(乙女)峠を越えて御殿場に入り、コンビニに寄って食糧を調達。県道23号で陸上競技場の近くを走る。ここは自衛隊滝ヶ原の本拠地だった。これでは駅伝に負ける訳に行かない。太郎坊で右折、御殿場口に車を停める。4台停まっていた。トイレに行って準備体操しておく。高山病で調子をくずしていた青年に写真を撮ってもらう。

DSC00357.JPG御殿場登山口

 6時45分、鳥居をくぐって出発。ヤマホタルブクロが咲いていた。すぐ大石茶屋に着く。高度1440m。2人は金剛杖を買って持っていく。砂礫の斜面を登っていく。

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 しんがりを務め、40分に5分休みながら登る。先頭のAYは、背筋を立て、しっかりとした歩調で登っていく。歩幅が広かったので、高度が上がってきたら狭くするように言っておく。紅紫色の大きな薊の花が、トゲのある葉を放射状に広げて点々と咲いていた。

DSC02868.JPG富士薊

         富士薊砂礫に点座山守る

 下山道に人が現われてきたが、登山道の方は我々だけ。昨日、富士登山駅伝だったのにゴミはない。黄色い花のオンタデが続いていた。日差しが強くなり、帽子をかぶり、タオルで首を覆う。荷物のせいで足が喰い込み、登りにくい。青年に抜かれる。

 11時45分、7合目の日の出館に着く。高度3100m。

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 我々が登ってくるのを見ていたオッサンが「良い登り方している。それなら頂上まで登れる」と言う。登っている間に次の休憩で何をするか考えておくことなど、出だしに注意しておいたことと同じだったので意を強くする。ここの主人で勝又さん。頑固一徹の趣き。富士の山小屋についての話を聞きながら、オニギリを食べる。

 DSC00359.JPG7合目小屋主人と

 山頂の浅間神社奥の院には、高齢登山者の番付があり、横綱は103歳で大きく書いてあるが、70歳だと読めないくらい小さいという。

 隣りのオバサンは気分が悪くなり、ここに宿泊、同行者が降りてくるのを待っていた。座間から来ていた。2年前、近くの玄倉川で濁流にのまれて13名死亡したことを話してくれる。地元の人達が前日から避難勧告していたのに、無視して起きたことだった。未だに復旧していないという。小屋に入って食事をしだした主人に挨拶して登り出す。

 頭上に横長の小屋が見えた。ジグザグに登っていく。途中、砂走り館を通過。山梨県側の上空に雲を作って飛んでいく飛行機があった。雲海が近くまで迫ってきた。

         雲海の奥に台風富士の峰

 下山者からAYが酸素をいただく。彼は頂上付近で98歳のハイカーに会い、写真を撮らしてもらったという。次々に下山者に会う。ローザンヌから来たカップルにも会う。

 13時35分、赤岩8合目。高度3300m。水を飲んでから出発。頂上が良く見えているが、かなり登りがきつくなる。左の方にトラバースしながら、ゆっくり歩をすすめる。赤茶けたジグザグ道を幾度か息を整えながら登る。段々と冷えてきた。

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 15時40分、銀明水。鳥居を越えたところで長袖を着てKを待つ間、火口を眺める。

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 やがて疲れ果てたKがやってきた。銀明館は閉まっている様子。左手の道を行くと浅間大社奥宮があった。祭神は平安時代から木花咲耶姫(このはなさくやびめ)とされている。2人は金剛杖に焼印を押してもらっていた。隣りに郵便局があったが、絵葉書を売っていないので諦める。

 「頂上富士館」にチェックイン。大部屋、布団2つに3人、奥から押し込まれる。Kは手足が冷たいと言って布団に潜り込む。AYと2人で剣が峰に行く。三島岳の脇を通り、通行止めのブルドーザー道入り口を過ぎ、鉄柵を頼りに登りつく。ガスが充満してきて、虎岩や火口は見えなかった。奈良時代には噴煙が出ていたところだ。

 16時55分、剣が峰に立ち、ビールを開ける。気圧のせいで、泡が吹き出る。小屋にはビールを売っていなかったので、頂上まで持ってきた甲斐があった。

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DSC00364.JPG剣ヶ峰

DSC00365.JPG富士山三角点

 隣りは測候所だが閉鎖されていた。レーダードーム建設にまつわる物語、新田次郎「芙蓉の人」の舞台だ。NHKプロジェクトX「巨大台風から日本を守れ」では、ヘリでドームの骨格を空輸したチームのことを放映していた。来月5日から解体され、富士吉田市に引き渡される。

DSC00366.JPG解体前のレーダードーム

 展望台に行くことも、お鉢巡りもやめて小屋に戻る。

        富士詣還暦前に果たすかな

 17時30分、夕食は弁当と吸い物。隣りの青年と一緒に食べる。青年は四日市から車で富士宮まで来て登ってきた。コンビニにあるようなものを食べて、入れ物を返す。部屋には続々と人が入り込んでいた。白髪の小柄な老人が、隅に入ってきた。「食事は今、喉に通らない」と言っている、その声もかすれていた。今生を富士で終える覚悟の様子。耳栓をつけて横になる。

8月7日(火)

 午前零時以降、1時間置きに時計を見る。

4時過ぎ、AYが起きて薬を飲み、頭越しのオバサン達が話し出す。

 4時20分、ライトが点き、「朝食の人は荷物を持って食堂に来て下さい」と男が言う。

食事は、味噌汁にご飯、フリカケにチーズ。食べ終わった頃、「後5分以内に行かないと日の出は見られません」との案内。しかし外は曇っていて見えなかった。夜、未だスペースがあって客が泊めてほしいといっているのに断っており、ここは山小屋ではない。外は、昨夕より暖かった。見晴岩は人で埋まっていた。岩の下で待つ。未だ薄暗い。トイレに行っておく。しかし、小屋の中は、新しい団体が入り込み、部屋への道は閉ざされていた。「トイレは外に廻って下さい」

 5時20分、ようやく雲の中から太陽が現われる。写真では撮りにくい明るさだった。

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 四日市の青年と別れて降りていく。Kは記念に石をリュックに入れていく。途中、長袖シャツを脱いだりして、学生3人組と抜きつ抜かれつしながら降りる。

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 ザックが軽くなったせいか、砂礫のところも余りめり込まない。

 7時、宝永山に近づく。

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 荷物を置いて火口に寄ってみる。まだガスが立ち込めていたが、火口に立った時、一瞬、火口の全景が見えた。1707年、宝永4年の噴火で生じたもので、新井白石も「折たく柴の記」に記している。地震の後、白い灰、次に黒い灰が江戸に降ってきたという。火口壁は鉄分で赤くなっていた。

DSC00372.JPG宝永山火口

 荷物を置いたところに戻り、大砂走りを一歩で2m以上進んで一気に降りる。雨が降り出し、持ってきた傘を使う。砂泥は湿っているので、埃が立たず、AYが用意してくれたマスクは使わなかった。ブルドーザーの跡は固まっているので、跡を降りていく。

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 広大な液状大雪崩の傷跡はキリマンジャロを思い出す。

 8時20分、大石茶屋に戻る。茸茶をご馳走になり、土産に買う。店の爺さんも勝又といった。日の出館のことを話したら、甥だった。

 駐車場に向かう。車は無事だった。売店の脇に水場があり、ズボンと靴、ストックを洗って車に入る。下りは、太郎坊にあるBOAC遭難碑に寄っていく。小雨の降る中、碑の前に立つ。献花が置かれていた。碑の後ろに事故のことが書かれている。

DSC00374.JPGBOAC遭難碑

 1966年3月5日、14時15分、御殿場上空、高度約4900mで乱気流に遭遇、124名全員死亡。エンジン等主要部分が太郎坊付近に落下している。当時の晴天乱気流の速度は毎秒20mを超えていたと言われている。この年は全日空羽田沖事故から始まって5件墜落事故が起きていていることでも衝撃的だった。冥福を祈って車に戻る。

 途中、ガソリンを入れて乙女峠に向う道を走って、市民温泉会館の中の駐車場に車を入れる。年配者が既に玄関にいた。その内、車がどんどんやって来る。バスまでやってきた。

 10時、2時間券、500円を払って入る。貴重品をロッカーに入れ、浴場でも下着類をロッカーに入れて風呂場に行く。前面は大きなガラス窓があり、晴れていれば富士山の絶景が眺められる。汗を流した後、大広間でビールを飲む。隣りでは小学校の同窓会が行われていた。70前後の老人が男女に分かれて座っている。いろいろと持ち寄ってきたものを食べていた。寡黙だが、和やかな空気が漂っていた。

 ここで一休みするわけにいかず、出る。ビールを飲まなかったAYが運転。東名高速に入ってから、ぐっすり寝てしまう。AYに起こされた時は、東京の料金所。横浜横須賀高速への道は、東名に繋がっていなかった。第三京浜で横浜に戻る。対抗車線は事故で渋滞。ニュースでわかったが、トラックを追い越した乗用車が、白い車から銃弾を受けていた。

 横浜料金所に入る前のパーキングでトイレに行き、運転を交代して港南ICで高速を降り、AYを自宅近くのコンビニで降ろして、戻る。Kは田端駅前で降り、無事、家に帰る。

 

Fujisan(3776m)  border of Shizuoka pref. and Yamanashi pref.

                                                            100Famous mountains in Japan

Gotenba route

1.    AccessToumei expressway GotenbaICnational road138,246,

                   pref.23

2.    FacilitiesFujikan lodge(need reservation0544-26-1519)one night two meals7000yen

3.    Information:Gotenba city commerse&tourist section(0550-82-4622)

4.    SeasonJul to Aug

Records

Aug6

6:40-7:40    climb from gate(1440m)to Jiroubou(1900m).

7:40-11:55   climb zigzag every 50minutes climb 510minutes rest pace to 8th stage(3300m).

12:10-15:10  climb to summit Torii and checked in Fujikan lodge.

16:00-16:55  walk to peak. There is Radar dome not used.

17:05-17:35  back to lodge and take dinner and sleep narrow space.

Aug7

4:30-5:10    wake up and try to see sun rise,but not successful.

5:15-7:05    down to Mt.Houei.

7:10-9:00    down to monument of BOAC accident happened 1966.

9:10-9:45    back to starting point.


グランパの日記Akihata's Diary [登山mountaineering]

            武甲山(1295m)

1.2002年6月11日

2.地図:国土地理院1:25000秩父

     昭文社・山と高原地図22奥武蔵・秩父

3.西武線:池袋―飯能―横瀬¥720 秩父鉄道:浦山口―寄居¥710 

東上線:寄居―池袋¥870

 駒込5時発の始発で、池袋に向う。西武池袋駅で5時17分発、各駅停車の小手指行きに乗る。案内によると西武線沿線には20の大学があった。5時57分、小手指に着くと隣に飯能行き電車が待っていた。飯能でも西武秩父行きに接続できた。4両編成の電車が高麗川に沿って渓谷を登っていく。西吾野駅のほか正丸トンネルの中で停まって対向車と交差する。通勤時間帯だからだろうか。

 7時10分、横瀬駅着。

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 武甲山の石灰採取は頂上まで達していた。かって1336mあったのが41m削られている。

DSC00251.JPG武甲山

 線路沿いを歩く。道端には赤い芥子の花が咲き、左手に三菱セメント工場がある。陸橋を潜ると、前方に二つこんもりと突き出た二子山が見える。

DSC00252.JPG二子山

 右手の建物は三菱マテリアルセラミックス工場。横瀬小学校の生徒が集団で登校して来る。年長組は「おはようございます」と挨拶していく。トラックが後ろから通り過ぎていく。車を駐車させて出て来た女性はバックパックを背負い、スタスタと歩いて生川工場の事務所に入っていく。一度、砂利道になったが直ぐ舗装道になる。徐々に登っていく。宇野千代の文庫本を読みながら歩く。

8時20分、延命水で一服。生川を渡り、武甲山神社の一ノ鳥居を通る。

DSC00253.JPG生川を渡る

DSC00254.JPG一ノ鳥居

両脇に狛犬が座っている。ここから「丁目」と彫った石柱が立っていた。茶屋を過ぎると杉林になる。鱒の釣り場の脇を登っていく。小持山へのルートは鉄板が川に敷かれていた。13丁目で林道から別れて登山道に入る。ジグザグに行く道のほか真っ直ぐ登れる道もあり、杉木立の中、一気に登っていく。天気予報では台風4号が近づいており、今日は曇の筈だったが、木々の間が晴れていた。18丁目に不動ノ滝から落ちる水場がある。

9時45分、大杉広場に出る。高度1000m。周囲5mはある杉が戦後生まれの杉を睥睨していた。枝が四方八方に出ている。 35丁目にも巨杉が立っていた。杉林を過ぎると階段になる。階段はペースが乱れる。蜩が鳴いていた。肩の十字架に出る。更に林の中を歩く。新設トイレを横目に52丁目の御岳神社に入って左手の道をとる。

DSC00258.JPGトイレ

DSC00259.JPG御岳神社

10時25分、第1展望台。網越しに眼下を見ると、砕破した石灰岩をトラックが運び出していた。1000m下なので小さく見える。

DSC00260.JPG山頂からの展望

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ぼんやりと榛名山の輪郭が見え、端に両神山が大きく見える。看板には「発破時には退避小屋に行くこと、落雷に注意」など書いてある。第2展望台に行ってみる。こちらの方が狭い。奥に座って食べる。日差しが強くなってきた。突然、白犬が2匹現われる。やがて初老夫婦。秩父の方からやってきた。

11時、下山。肩の十字架に戻ると4回の発破時間が書いてあった。

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ツゲの林を降りていく。退避所を幾つか通過。元気良く挨拶してきた中年女性を先頭に男1人、女2人が続いて登ってきた。左手のシラジクボ地域の斜面は伐採されていた。カラマツ林の中を降りていく。

11時40分、長者屋敷ノ頭。ここから2分歩くと水場がある。ゆるやかな尾根歩きをしてから、一気に降りて沢に出る。二つの渓流が滝となっていた。頭を水に浸ける。橋立川に沿って歩くと林道になる。段々日差しが強くなる。後ろを振り返ると、青々とした武甲山が見えた。

            武甲山裏は緑に更衣

 しかし夏の登山には向いていない。炎天下の林道で本を読みながら歩く。広場に出ると、秩父札所28番・石龍山橋立堂だった。

DSC00268.JPG石龍山橋立堂

 土産品店から「鍾乳洞に行かれるなら荷物を預かります」と声がかかる。「帰りに冷えたビール飲みます」と答え、リュックを置いていく。鍾乳洞へは入場料200円払って入る。中は冷えていて気持ち良い。跪いて通るところが多い。豪快さはない。お地蔵様、石旬や弘法大師の後姿を見る。

DSC00265.JPG橋立鍾乳洞

階段を登って外に出ると、出口の左手で般若心経を謳っていた。数珠を持ったオッサンが年配の聴衆に絵馬について話している。ここには馬頭観世音坐像が安置されていた。後ろに50mはある岩が立ちはだかっている。かって原住民の棲家でもあった。土産店に戻り、奥で缶ビールを飲む。胡瓜の漬け物を出してくれる。さっきの聴衆はバスに乗っていく。

光化学スモッグ注意報の案内を放送していた。駅まで歩いて10分、ガードを超えて左折して登っていくと浦山口の駅だった。切符を買って待っていると、反対側から電車がやって来る。午後2時9分は三峰口の方で、熊谷方面は2時37分。その間、駅長から老人と一緒にお茶をいただく。浦山ダムを教えてくれた。谷あいに見える。平成9年に出来た。この秩父鉄道は創業百年、主にセメントを運んでいた。彼は42年勤務の内大半を運転手として勤務、一度失業保険をもらってから再度運転、最近駅長になった。秩父に住んでいる。今まで死亡事故を起こしたことがない。

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 14時37分、駅長にお礼してから乗り込む。

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 ここでは決められたところしかドアが開かなかった。冷房の効いた車両に移る。西日を避けて座る。お婆さんと話す。77歳、三峰口に近いところに別荘を持ち、時々やってくる。秩父札所は33ヶ所満願成就していた。西武レッドアローの特急を使うのでお花畑駅で降りていく。こちらは長瀞の風景を眺めながらブランディを飲む。

 寄居駅で降り、東上線に乗り換える。小川駅で降り、同じホームで待つ急行に乗り換える。酒が効いたのか寝不足のせいか池袋まで寝てしまう。17時、終点に着く。 

Bukouzan(1295m) in Saitama pref.  200Famous mountains in Japan

1.AccessSeibu Ikebukuro line Ikebukuro-Hannou,SeibuChibu line Hannou-Yokoze

2. InformationYokoze town promote section (0494-25-0111)              

3.SeasonApr to Nov

RecordsJun11

7:10-8:10    walk from Yokoze station (250m)to Enmeisui.

8:15-9:45    climb to big cedar square,

9:55-10:40   climb to Ontake shrine and peak.

11:00-11:40  down to ChojyayashikinoAtama(960m)

11:45-13:30  walk to Hashidate limestone cave.

14:00-14:20  walk to Urayamaguchi station.


グランパの日記Akihata's Diary [登山mountaineering]

         北アルプス4座の山旅④

                 笠ヶ岳(2898m)

地図:国土地理院1:25000笠ヶ岳                                  

   昭文社:山と高原地図38上高地・槍・穂高

7月25日(水)                            

零時半、人声で目を覚ます。

2時半、トントン音がする。風の音だった。暴風雨になることも予想しながら横になる。

4時20分、人声で起きる。晴れていた。

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一通りパッキングしておいてから、袋に水や上着を入れて頂上を目ざす。

DSC00055.JPG左、頂上

5時30分、笠ヶ岳登頂。

DSC00058.JPG笠ヶ岳山頂

祠で関西オッちゃんに会い、「影笠が見える」と教えてくれる。クッキリと影が映っていた。

DSC00056.JPG影笠

白山が雲海の上に出ていて神々しい。白髪のハイカーがクリヤノ頭の方に向うので2人の地元ハイカーに聞いている。麓の新穂高や中尾温泉が見えていた。祠と朝日に合掌してから下山。

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帰りに水場への近道をとったが、岩の上を降りていくので却って時間がかかってしまう。水場で洗面と水補給を済ませてテントに戻る。小屋からのハイカーが次々と下山して行く。

7時、出発。1時間で分岐点に戻る。ひと登りしてから休む。グループが降りる前に動く。群馬県太田から来た5人組と同じペースでカールを降りて行く。これから新穂高で温泉に入り明日、車で帰るという。今日も快晴となり、段々と暑くなってくる。ところどころに車百合が咲いていた。杓子平を過ぎると、タオルに水を浸けるところもなくなって来た。もろに日を浴びながら降りる。これだけの荷物を背負って炎熱下を降りるのは、2度とやれない。笠ヶ岳だけ日帰りで登る青年が軽装でやってきた。

10時、チャンチャラチャン、聞きなれた音がする。ザックを降ろして携帯をとる。家からだった。状況を伝え、今晩中に帰れること、会社から連絡があった場合の処理を頼んでおく。ホットしたせいか、急に疲労感が出てくる。シャリバテのようだ。木陰で昼食をとったら、益々荷物が軽くなる。高度200m降りる毎に一息つきながら降りる。2200m台でツガの大木が出てきて木陰で一息。グループ達は麓で泊まるせいか、音沙汰ない。1人降りて行く。イワシャジンに似ている野草の花が咲いていた。

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高度1600mを切るとブナとナラの原生林に入って行く。ジグザグにひたすら降りる。林道が眼下に見えても一向に近づかない。流石に笠新道はきつい。半ズボンになっていたら、1人ハイカーが追い抜いて行く。携帯で松本からの高速バスの予約をしておく。

14時、登山口に出た。水場があり、しばらく頭を冷す。

         炎天の縦走果たし冷やす顔

小池新道からのハイカーが林道をセッセと歩いて来てアッという間に消える。炎天下、林道は照り返しもあり、一層暑くなっていた。しかし、途中に水場があったり、山側の岩の隙間から冷風が吹いていた。新穂高に近づくとジグザグに降りて行く。

15時10分、バス停前。松本直行バスが午前中と午後1便出ていた。タクシー運転手が近づき松本に行くならどうぞ、と声をかけてくる。1人だから結構と断る。公営の浴場があったが、先ず食堂で大瓶ビールを飲みながらトロロ蕎麦を食べる。ここの蕎麦はうまい。ザックを担いで浴場に行くと午後4時までだった。後、15分。石鹸を土産場で買って入る。身体を洗って風呂に入った時には4時。年配の係員が女湯の方に声をかけ、湯のバルブを外から閉めてしまう。焼けた肌には熱過ぎ、胸下まで湯に浸かって出る。のんびり入らないと疲れがとれない。係員が掃除にやってきた。下着を入れた袋が置き忘れていた。青年と一緒に出る。彼は16時45分発の高山行きバスに乗る。一緒だ。それまでアイスクリームを買ってベンチに座って話す。上高地帝国ホテルに2ヶ月勤務。8月末には帰る。今朝、焼岳に登り、西穂高ロープウェーで降りてきた。ホテルは2人で2万6千円だが、お勧めしないという。

高山行き濃飛バスは20人ほど乗せて定刻に出る。栃尾温泉や熊牧場を経由していく。途中、道路工事のため平湯には3分遅れで着く。降りる前、切符を探しまくる。青年が後ろに落ちたのを拾ってくれた。ありがたい。平湯から若い外人グループが乗り込んでいく。松本まで切符を買おうとしたら、新宿直行のバスの切符を買っている人がいた。やがて高山からの新宿行きバスが到着。松本行きの高速バスに電話して予約を取り消して切符を買う。出発は予定より10分遅らすというので、土産品売り場に行き物色、結局、野沢菜を買ってバスに乗る。

17時35分、乗客は10人。新穂高から一緒だったオッサンの斜め後ろに移って情報交換。横尾から東鎌尾根、槍ヶ岳、西鎌尾根を歩き双六小屋に泊まって帰ってきた。千葉から来ており、百名山は36だが、交通事情に詳しい。インターネットで検索していた。大型缶ビールを3缶買って飲んでいる。トイレがあるから安心して飲めるという。ブランディを勧めたが、チャンポンだと酔うと言って断られる。

18時40分、松本料金所はETCで素通り。渋滞していなければ便利だ。途中、諏訪湖SAで20分休憩。蕎麦を食べる。

19時30分、出発。残ったブランディを空けたら、グッスリ寝てしまう。

21時48分、新宿駅前に早着。松本経由より約1時間早かった。

計画が変わり、始めてのテント持参単独行となった。雨天になれば小屋泊まりにするところ好天に恵まれ、全てテント泊となった。食料を減らして軽くするのが楽しみとなった。翌日から左膝が痛みだし、治るまで1週間以上かかった。最終日、高度差1800mを一気に降りたのが効いた。

Kasagatake(2898m) in Gifu pref.       100Famous mountains in Japan

1.AccommodationKasagatake lodge(0578-89-2404)one night two meals9000yen

2.Information:Takayama city Kamitakara branch(0578-86-1111)

3.SeasonJul to Sep

RecordsJul25

5:20-5:30   climb to peak.

5:50-6:00   back to tent and packing.

7:00-8:00   down to junction

8:05-11:00  down Kasa new route and take meal.

11:50-14:00 down to logging road.

14:15-15:10 walk to new Hotaka spa and take spa.


グランパの日記Akihata's Diary [登山mountaineering]

          北アルプス4座の山旅③

                 三俣蓮華岳(2841m)

地図:国土地理院1:25000三俣蓮華岳                           

   昭文社:山と高原地図37剱・立山、 38上高地・槍・穂高(笠ヶ岳)

7月24日(火)晴

4時20分、疲れていたのか良く寝られた。テントをたたみ、ザックを担いでトイレの前で待つ。スッキリしたところで急登にとりかかる。昨日も一緒だったオバサン3人組を抜いて行く。荷物も大分軽くなってきた。それでも身軽なハイカーおじさん3人組に抜かれる。しばらくして1人がキジ打ちで道から離れており、先に行く。彼らは鷲羽岳に向う。笠ヶ岳がはっきり見えた。

DSC00040.JPG笠ヶ岳

ハイマツの尾根を過ぎ、鷲羽岳への分岐点を右に登っていく。振り向くと薬師岳、名山の風格がある。

DSC00041.JPG薬師岳

7時30分、三俣蓮華岳登頂。広場にある石に座って休む。西側からの槍ヶ岳は雲海の上に見えた。

DSC00042.JPG中央、槍ヶ岳、手前、樅沢岳

今度は尾根伝いに歩く。丸山を過ぎた頃、後ろからテント担いだ関西オッサンが追い越していく。同じルートを行く人で、双六岳の方に登っていった。こちらは楽な中道を歩く。ハイマツの中でクァオクァオという声が聞こえた。その内、声の主がわかった。雷鳥だった。親子に出会う。

DSC00044.JPG雷鳥

大地も身体も暑くなってきた。雪解け水があると、タオルを水に浸し帽子の中に入れて被る。

10時、一気に降りて双六小屋に着く。水を補給し、一つ300円のリンゴをかじる。ここには富山医科大学診察所がある。テント場を過ぎて笠ヶ岳に向う。未だ遠くに見えた。残雪があると、頭をこすりつける。暑いが、槍ヶ岳を近くに、尾根が穂高に続いているのを見ると、気分は爽快になる。

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11時30分、鏡平への分岐点。眼下に鏡平の池と小屋が見えた。ハイキング格好の身軽な家族が弓折岳から降りてきた。小屋に荷物を置いて登ってきた。 

弓折岳(2588m)を登ると、昇り降りは少なくなって距離をかせぐ。時たま太陽が雲の中に入り、歩きやすくなる。ひたすら歩く。標識がないが、見晴らしがいいので尾根を安心して歩く。槍の手前、千丈沢乗越から尾根が続いていた。

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ビタミン粒を水に溶かして飲み、飴とチーズ、チョコを食べながら歩く。秩父岩(2792m)に向って登ると、笠ヶ岳も近づいてきた。誰もいない。この調子だと小屋には午後5時になってしまう。

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     秩父岩                笠ヶ岳

         山登り疲労と絶景吐息して

抜戸岳(2813m)の脇を通り過ぎ、笠新道からの分岐点に出ても人には会わなかった。抜戸岩の間を潜って行くと、テントが小屋の下に張られていた。振り向くと小槍が槍ヶ岳の左に見える。

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17時過ぎ、テント場にザックを置き、小屋まで行く。岩だらけの上を登って行く。ようやく小屋に着き、テント場代を払い、ビールを飲んでいると、大阪の青年が頂上から降りてきた。頂上は明朝にする。テント場に戻り、設営してから雪渓の下に降りて水を調達。ガスバーナーでお湯を沸かしカレーライスを作る。夕陽に照らされた槍、穂高そして眼下に焼岳を見ながら食べる。蚊がいた。蚊取り線香を足元に置いて食べる。ヘッドランプを点けてみたら電池が切れかかっていた。急いで食べ終わり、片付けてテントに入る。満月が現れた。

DSC00053.JPG

Mitsumatarengedake(2841m) border of Toyama pref. ,Gifu pref., Nagano pref.

                                              300Famous mountains in Japan

1.AccommodationMitsumata lodge(090-4672-8108)one night two meals9000yen

2.Information:Oomachi city office(0261-22-0420)

3.SeasonJul to Sep

RecordsJul24

5:10-7:30    climb to peak.

7:45-10:00   down and up and down ridge to Sugoroku lodge.

10:15-11:30  walk ridge to junction of Kagamidaira

11:40-14:00  walk ridge to Chichibu rock.

14:10-15:15  walk to junction of Kasa new route.

15:30-17:00  walk ridge to Kasagatake lodge and set tent.


グランパの日記Akihata's Diary [登山mountaineering]

          北アルプス4座の山旅②

                 黒部五郎岳 (2839m)

地図:国土地理院1:25000笠ヶ岳、三俣蓮華岳             

   昭文社:山と高原地図37剱・立山 

7月23日(月)                  

3時45分、目覚ましで起き、トイレも快調に済ます。朝食はパンとコーヒー。

5時、出発。木道脇に花が咲いていた。

DSC00023.JPG雲ノ平と北アルプスDSC00024.JPG

20分で太郎平衛平に着く。

 DSC00025.JPG太郎平衛平

グループが準備体操をやっていた。太郎山に向って木道を歩く。コバイケイソウのベージュ突起物の数はマチマチだった。ハクサンイチゲの白い花やチングルマも咲いている。これから咲き出す蕾状態のチングルマと咲き終わって花芯だけ残ったチングルマが隣り合わせになっていた。石楠花も咲いていた。

DSC00028.JPGキバナシャクナゲ

5時50分、太郎山(2373m)。青々とした雲ノ平、薬師岳、立山連峰がハッキリ見えた。

DSC00026.JPGDSC00027.JPG

          薬師岳

7時30分、北ノ俣岳(2661m)。有峰湖を見納め、余り休まずに歩く。雪渓に日が差して蒸気が雲になっていく。この辺りはハクサンイチゲが多かった。昇り降りを繰り返す。

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   左より槍ヶ岳、穂高連峰、乗鞍岳

赤木岳(2622m)は巻いて通過。暑くなってきた。ズボンの膝下部分をとり、短ズボンにする。テント場で一緒だった単独ハイカーは先に行ってしまい、グループよりちょっと早いペースだった。中俣乗越にさしかかる。後ろからシッカリした足取りで登ってくる女性に「良い登り方してますね。男性かと思いました」と声をかける。ニコニコして答える。「はじめて言われました。アタシ還暦過ぎたところ。同行の先輩は75歳、登山指導員を長らくやってます。福岡から大阪、富山を経由してやってきたの」この後、黒部五郎小舎、双六小屋、笠ヶ岳小屋に泊まって行く。同じコースだった。前後して登りながら話す。主人も息子、娘も九大出身。息子は理学部卒業後、アメリカに留学。帰国後、東大助教授になっている。学生の時に指導員に登山指導を受けていたが、今はスキーを楽しんでいる。専ら聞き役だった。先行してジグザグに登っていく。黒部五郎岳からやって来たハイカーとすれ違う。花も咲かぬ砂礫の山をひたすら登る。

11時過ぎ、黒部五郎岳の肩に着く。パンと紅茶で腹ごなししてから、荷物を置いて頂上に向う。岩礫を登って15分で登頂。

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槍や穂高、笠ヶ岳が見えた。20分ほど景色を堪能してから戻る。荷物を担いで一気に降りる。残雪のあるカール風景は、雄大な絵になっていた。このカールは約2万年の氷河期にできたもの。

DSC00034.JPGDSC00037.JPG

12時30分、雪渓が溶けて川になったところでハイカーが寛いでいた。こちらも昼食にする。溶けたばかりの水で頭を冷し、飲む。切れるように冷たく美味かった。これが黒部川になっていくのだ。出かける頃に福岡2人組がやってきた。再会を期して別れる。炎天下、黙々と歩く。ゴロゴロ石を伝って行く。黄色い花は葉の形からしてミヤマダイコンソウだろうか。

DSC00036.JPGミヤマダイコンソウ

赤紫色のヨツバシオガマも咲いていた。左手に穏やかな山が見えた。地図を見ると祖父岳となっている。名前にふさわしかった。前方には三俣蓮華岳が大きく立ちはだかっている。これを登っていく気力と時間はないので双六小屋で泊まることを諦める。ハイマツの中を一気に降りていく。

DSC00038.JPG

15時、黒部五郎小舎。チェックインする人の後に並んでテント場代、ビールそして地図を買う。地図がチーズに聞き間違えられた。ベンチでビールを飲む。単独行のオジサンと話す。

「八王子から平湯まで車で来て、家内と娘は高山、白川郷に行っている。かって家内と登山を楽しんでいた。足の痛みが治らないので総合病院で診察してもらったら、脊髄に腫瘍が出来ていて手術。車椅子覚悟だったが、神経系を損傷することなく終え、今では普通に動ける。サラリーマンを今年で終え、退職金で高尾山のもみじ台にある2代続いた茶屋を改築する。高尾山には秋から冬になるとハイカーが足慣らしにやってくる。例年1回アルプスに行って写真を撮って店に飾って常連客と話すのを楽しみにしている」

近くのベンチに福岡組が座っていた。2人に挨拶すると夫人が「お酒飲むでしょ。ツマミにどうぞ」と海苔煎餅や烏賊燻製を差し入れてくれる。それを機にテント場に向う。水場の近くの広場は、ジトジトしていた。薬師岳以来、一緒だった大阪の青年の近くに設営する。彼は台風の影響がなければ、笠ヶ岳更に西穂高ロープウェーを使って焼岳を登って帰る。

設営後、水場に行って洗面、身体を拭く。水を補給しておく。もう一度、小屋に行って時刻表を見せてもらい、新穂高温泉から平湯に出て松本行きのバスに乗り換え、松本から高速バスに乗って帰る時間をメモしておく。

テント場では日焼けした青年が大阪青年の隣に陣取って文庫本を熱心に読んでいた。本の名前を聞く。「沈まぬ太陽」だった。「私は、ここに出ている航空会社にいました」というと、「私もそうです」という。関西国際空港の整備部門だった。山は4年前からで専ら単独行。日焼けした好青年だった。しばらくキリマンジャロや御巣鷹山など本に出てくる舞台について話す。「ヒーローに仕立てあげて真実を散りばめると小説が面白くなります」

陽が落ちる前に話を打ち切り、食事にする。

19時のニュースと天気予報を聞く。台風9号は、小笠原諸島から西に向い、明日も晴れる見込み。こうなったら笠ヶ岳に行くっきゃない。

Kurobegoroudake(2840m) border of Toyama pref. and Gifu pref.

                                              100Famous mountains in Japan

1.AccommodationKurobegorou lodge(0577-34-6268)one night two meals8800yen

2..Information:Toyama city Ooyama tourist association(076-481-1900)

3.SeasonJun to Sep

RecordsJul23

4:55-5:15   from tent to Taroubei lodge

5:15-5:45   climb to Tarousan(2373m)

5:50-7:30   climb to Kitanomata(2661m)

7:40-10:30  climb to peak

10:40-12:30 down and cross rocks and take meal.

13:20-15:00 Kurobegorou lodge, set tent


グランパの日記Akihata's Diary [登山mountaineering]

         北アルプス4座の山旅①

       薬師岳、黒部五郎岳、三俣蓮華岳、笠ヶ岳

1.2002年7月21~25日

2.折立までHMIMHMNと同行、以後単独行

3.新宿南口―折立¥3000:会費、奥穂高―平湯¥870、平湯―新宿¥5700

4.太郎平小屋テント場¥500 黒部五郎小舎テント場¥500

7月21日(日)晴

 前日、Hから電話、早朝出発だと結局寝むれないので午前1時に新宿で会うことになった。しかし運転するHがホノルルから帰ってみると、休んだ方が良いことになり、いつもの通り集合時間は5時45分となった。22キロのリュックを担ぎ、着替えを入れた袋を持って出かける。定刻に南口で車に乗る。5人、後ろに荷物が一杯あってもスピードは充分出る。

7時半、諏訪湖SAでトイレタイム。松本ICで高速を降り、上高地手前で安房トンネルを通る。平湯料金所で750円払って通過、471号線を走行。温泉の出る峡谷から更に高原川に沿って上宝村に出る。双六峡谷を遡上、高山大山林道を走る。途中、道脇の草を刈り取っている人に出会う。ここは有料道路らしい。ぐんぐん高度を上げて山吹峠を通過、更に飛越トンネルを越えると料金所に出る。富山県森林公社に通行料1800円払う。睡眠不足のHに代わってMIが運転する。有峰湖の東側は通行禁止だった。西側を遠回りして行く。既に予定の時刻を過ぎていた。ダム湖に沿って右、左に曲がりながら延々と走る。ダムを越え、折立までの道もクネクネ曲がりながら走る。Hが酔ったようで気分悪くなる。

11時、キャンプ場。高度1350m。今日はここでテントを張ることにする。無料だった。ゴミも捨てられる。広場の奥に4つ張る。

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Hがテントで休んでいる間、明日からの予定を決める。3人共25日から仕事、こちらは28日まで休み。単独行にした場合の交通機関を調べにバス停に行く。ここから富山まで直行のバスが出ている他、有峰口から電車に乗り換える方法もあった。直行便は要予約と書いてある。オジサンに聞くと、団体でも来ない限り大丈夫という。太いミズナラの木が立つ登山口から続々とハイカーが降りて来て車で帰っていく。MHとMIは、車で有峰記念館まで行きビールを買ってきた。

テーブルで酒盛り。持ってきたツマミを出して飲む。日差しは強いが、涼しい風が吹いていた。Hは時々咳をしていた。明日、他の3人はHを連れて帰り、私は1人で登ることにする。しかしここに戻るより双六小屋から新穂高に出る、天気が良ければ笠ヶ岳も登ってしまえば、ということになる。雨天時の小屋泊まりに備えてMHに軍資金を借りる。始めてのテント担ぎ単独行になった。

19時、薄暗くなったところでテントに入る。ラジオの天気予報をチェックして寝る。富山は明日で梅雨が開け、ここ1週間、晴れるという予報だった。

            薬師岳(2926m)

地図:国土地理院1:25000薬師岳、有峰湖                    

   昭文社:山と高原地図37剱・立山  

                                                                     

7月22日(月)晴のち雨のち曇                     

午前零時、2時半と目を覚まし、一度トイレに行く。月は満月に近かった。ライトを点けずに行ける。

3時40分、目覚ましで起きる。マットの空気を抜いて丸めて袋に入れ、衣類をザックの下に詰めていく。シュラフには露がタップリ残っていた。トイレに行ってしゃがみ、洗顔してからテントをたたむ。

4時40分、他の面々と写真を撮ってから出発。

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太郎坂をジグザグに登る。40分に5分から10分休みながら針葉樹林の中を登る。短パンになり、腕をまくって登る。2時間後、三角点(標高1871m)。左手に薬師岳が見えた。

DSC00007.JPG三角点

丁度、青年が降りてきた。室堂から薬師岳を登ってきたが、靴底が剥がれてしまい、黒部五郎を諦めてきた。5、6年履きつづけると要注意だ。ゆるやかな道を登っていく。ニッコウキスゲの花が咲き乱れていた。板で囲んで石を埋めた坂道が続く。右手、有峰湖が見えた。

DSC00009.JPGニッコウキスゲ

DSC00011.JPG有峰湖

8時40分、五光岩ベンチでコーヒーを飲む。薬師岳の背後はどんよりと曇っていた。チングルマとイワカガミが咲いていた。

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         チングルマ               コバイケイソウ

高山植物が増えてくると木道になる。薬師岳が近くなって来た。

DSC00014.JPG薬師岳を臨む

10時40分、太郎平小屋。受け付けでテント場使用料を払って認識テープをもらっていく。木道を歩いた後、急に降りてテント場に出る。川の水が音をたてていた。1人用テントが使える大きさの所に陣取る。テントを張り終えたところで雨がポツポツ。荷物をテントの中に入れ終えると本降りになる。中で昼食。食べ終えた頃には雨もあがった。

12時10分、スパッツを付けて薬師岳に向う。10分後、水の音が聴こえなくなり岩石を登っていくと、残雪に遭遇。黒と白の斑模様のホシガラスが2羽、岩の上に立ち、こちらを睥睨していた。ハイマツと熊笹が続く。右手に雲間から槍ヶ岳が一部現われた。高山植物を鑑賞しながら進む。

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      シナノキンバイ             キヌガサソウ

薬師岳山荘を通る。年配ハイカーと山荘勤め人が花について話していた。ここ1週間で30種類の花を見たという。薬師岳を往復するなら、ここで荷物を置いて水と防寒用上着を持っていけばいいと教えてくれる。頂上まで50分、行き先はガスっていた。岩石だけの道をジグザグに登っていく。後ろを振り返る。

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一山登ったところに陵とケルンがあった。この先の東南尾根で昭和38年1月愛知大の学生13名が遭難しており、遺族と地元の大山町が建てたものだ。視界が悪い中、先に進む。岩礫が重なり、行き先に不安を感じながら登る。

14時40分、幾つものケルンを通って登頂。デジカメでお堂の中を撮る。薬師像が幾体か安置されていた。

DSC00022.JPGDSC00021.JPG

          薬師像

               霧の中薬師山頂一人居り

15時25分、山荘に戻る。荷物のお礼を兼ねてビールを2缶買い、1缶飲む。さっきのオジサンは夕食の仕度に追われていた。飲み終わった頃、現われたのでお礼を言って出る。小屋にいた関西のオバちゃん達は折立から来て泊まり、明日は五色が原に行く。

17時前、テントに戻る。日差しは未だ強かった。サンダルに履き替えて水場に行き、ビールを冷す間、冷水摩擦。シャツや靴下も洗っておく。夕食は鮭入りカレーうどん。雲が夕陽を覆うと急に冷えてきた。

19時からニュースと天気予報をチェック。富山、立山、白馬そして乗鞍いずれも晴の予報。安心して寝る。

Yakushidake(2926m) in Toyama pref. 100Famous mountains in Japan

1.    Accesscar is better.Hokuriku Expreeway TateyamaICpref.6,Ariminelogging road

Actual:NaganoExpreewayMatsumotonationalroad158,pref.471,           484,Arimine logging road, Oritate camp

2.AccommodationTarobei lodge(076-483-1211)one night two meals8800yen

3.Information:Toyama cuty general administration center(076-483-1211)

4.SeasonmidJun to Sep

RecordsAug10

4:40-6:40   climb from Oritate camp(1350m) to Sankakuten(1871m).

6:50-8:40   climb to Gokou rock(2196m).

8:55-10:40  climb to Taroubei lodge(2330m) and set tent.

12:10-14:40 down tree way to Yakushi pass(2294m)and climb to Yakushi lodge(2700m).

14:45-15:25 climb to peak.

15:30-16:55 back to tent.


グランパの日記Akihata's Diary [登山mountaineering]

                      十勝岳(2077m

1.2002年8月9~10日

2.単独行

3.レンタカー2日¥13335 

4.高速料金:苫小牧東―札幌¥1550 札幌―深川¥2700 紅葉山―苫小牧東¥2700

  宿泊:白樺荘¥2550 ガソリン¥3925 走行距離530キロ

地図:国土地理院1:25000白金温泉、十勝岳

   昭文社:山と高原地図③大雪山・十勝岳

8月9日(金)

 13時、苫小牧のグランドニュー王子ホテルにチェックイン。シャワーを浴び、リュックに入れるものと、車に置いておくものに分けて出る。コンビニで食糧を調達してからマツダレンタカーに行く。既にファミリアが前に駐車してあった。最新ルートマップを借りる。

14時50分、出発。苫小牧東で高速道路に入る。ワイパーを作動させながら、時速110キロ平均で走る。

16時30分、砂川ハイウェイオアシスに立ち寄り、角煮ラーメンを食べる。深川ICで降りて国道12号線を走る。長いトンネルを2つ通ると旭川市内に入る。神楽で右折、国道273号線を走る。旭川空港の近くを過ぎ、一路、富良野に向う。美瑛町に入って白金温泉の標識で左折。コンビニはなくなる。一直線の道を過ぎ、温泉に着いて白樺荘を探す。四つ角で車を停め、酒屋でビールを買っておく。雨の中、国立大雪青年の家まで来てしまう。戻って白樺荘に着く。オートバイの前に駐車、中に入って手続きを済ませ、2階のイワウメ室に入る。8人部屋に3人。1人は西東京市から来たY青年。旭川空港から午後4時に着いている。明日、美瑛富士避難小屋に泊まり、オプタテシケ山を目指す。毎年、お盆の頃に休みを取って北海道に来ている。

明朝4時に起き、望岳台まで車で行くことにする。まず温泉に入る。熱かった。家族でやって来た人もいる。風呂から出て、炊事場に行き、ビールを飲みながらカレーライスを用意、テレビを観ながら食べる。食後、炊事場で洗っていたら、年配の女性も洗っていた。4日から雨続きでテントを諦め、ここで泊まっていた。ここでは大きな冷蔵庫が使えた。

20時50分、就寝。

8月10日(土)

4時過ぎ、マットや布団をたたみ、リュックを担いで、食堂でお粥を食べる。Y青年も昨日作っておいたものを食べ、お湯をポットに入れていた。一緒に行く。

4時50分、小雨の中を運転。15分で望岳台(標高925m)の駐車場に着く。レインウェアを着込み、スパッツを付ける。自然観察のルートもあったが駐車場の奥から歩いていく。広い道では並んで話しながら行く。泥流の後、様々な色の岩が残っていた。イワブクロの紫の花が咲いていた。一登りすると避難小屋が見えたが、直ぐ霞んでしまう。

6時15分、美瑛岳との分岐点でY青年と別れる。

DSC00036.JPG分岐点

避難小屋に入ってみると、2人の学生が居た。既に登り終えていた。関西から来ており、自転車にテントを付けて北海道を周っている。この後、羊蹄山に登って帰る。十勝岳へのルートはわかりやすかったと言う。

DSC00037.JPG十勝岳避難小屋

6時30分、出発。40分毎にビタミン粉末を溶かした水を飲んで行く。標識を探している内にグループが近づいてきた。先に行ってもらう。硫黄の臭いが右下から漂ってきた。

         夏十勝肺にしみいる硫黄臭

細くなった尾根を過ぎ、火山礫のゆるやかな登りの後、一気に登る。

8時25分、登頂。雨も止んでいた。グループは関西からで大雪、十勝、トムラウシとピストンで登っている。女性も頑張っていた。写真を撮り合う。

DSC00038.JPG十勝岳山頂

食事を取っていたら、駐車場で道を聞いた夫婦もやってきた。この後、美瑛岳を周って降りる。

9時、下山。他にも続々と登ってきた。ストックで左足をカバーしながら降りる。視界も良くなってきた。ひたすら足を運ぶ。高度1640mから礫地の斜面に植物が生えている。

DSC00040.JPGリンドウ

10時15分、避難小屋。レインウェアやスパッツを取り、袖をまくる。千葉からの年配夫婦が一休みしていた。奥さんはトイレを捜していたが、鍵がかかっていた。主人は百名山組で63終えていた。私と同じペース。しばらく情報交換する。残る道を一気に降りて行く。

DSC00041.JPGケルンのあるルート

途中、白人青年と日本人女性に会う。話す英語からしてアメリカ人、千葉で英語教師をしている。半袖姿、女性は何も持っていない。彼のバッグに長袖が入っているという。無謀だが「グッドラック」と言って別れる。足元にシラタマノキを見つける。クリーム色した釣鐘型の花が低木に咲いていた。

DSC00042.JPGシラタマノキ

1926年5月24日の大噴火で流れた泥流のことを想いながら、跡を歩く。

11時15分、望岳台駐車場に戻り、着替えてトイレに行っておく。

DSC00043.JPG望岳台レストハウスとレンタカー

今度は吹上温泉の方から上富良野に向う。ガスがかかっていてライトを点けて走る。十勝岳温泉への道に出て右折、一気に高度を下げていく。国道237号線を左折、富良野盆地を前の車について走る。平均60キロ。富良野から国道38号に合流、線路に沿って走る。芦別岳は見えなかった。山岳地帯で再び237号線を走る。小雨が続く。メロンとスイカの直売所が幾つか立っていた。「しむかっぷ」で福山方向にショートカットしようとしたら、通行止めの案内が出ていた。237号線に戻り日高峠を越えて行く。今度は274号線を右折する。トンネルの連続。

14時過ぎ、紅葉山で道東自動車道に入る。高速道といっても片道一車線が続き、所々で追い越し車線があった。平均100キロで突っ走る。30分後、道央自動車道に入る。車線も広がり、更にスピードを上げて走る。苫小牧東ICで降りて市内に向う。雨は続いていた。ガソリンを満タンにしてレンタカー事務所に戻る。

Tokachidake(2077m) in Hokkaido. 100Famous mountains in Japan

1.   Accesscar is better. Doou Expreeway FukagawaICnational road12,273,Dodo986,

           Bougakudai

2.   AccommodationShirakabasou(0166-94-3344)no meal 2550yen

3.   Information:Biei town(0166-92-1111)

4.   SeasonmidJun to Sep

RecordsAug10

5:10-6:15   climb from Bougakudai(930m) to Bieidake junction(1255m).

6:15-8:25   go to Tokachidake refuge lodge(1320m) and climb to peak.

9:00-10:15  down to Tokachidake refuge lodge.

10:25-11:15 down to Bougakudai.


グランパの日記Akihata's Diary [登山mountaineering]

                     白山(2702m

1.2002年8月29~30日

2.単独行

3.交通機関 羽田―小松:JL141便 小松―羽田:JL148便

       マツダレンタカー¥18160 走行距離198キロ

4.宿泊 室堂:1泊2食¥7700

5.温泉:ゆーゆー館¥500

地図:国土地理院1:25000白山、加賀市ノ瀬

   昭文社:山と高原地図45白山

8月29日(木)

 6時40分、羽田空港。空席状況は16名超。スタンドバイリスト1番で搭乗開始までゲートで待つことにする。リュックもセキュリティに通さなければならないのでナイフ、フォーク、スイスナイフを制限品として預ける。

 7時30分、係員が空席待ちカウンターに来て搭乗券を発行。残り6席あった。座席は窓側の23K。離陸後、小河内ダムの上空を通過。八ヶ岳の全貌を撮る。

DSC00008.JPG八ヶ岳

諏訪湖は台形だった。北アルプスも一貌、更に妙高・戸隠・雨飾の山群が見える。

DSC00009.JPG北アルプス

 肝心の白山は見過ごしてしまう。着陸へのアプローチは日本海に出てからだった。海岸の沖に砂防堤が断続的に続いていた。海底の様子も見える。

 8時45分、定刻にブロックイン。到着ロビーのレンタカーカウンターに申し出、迎えの車を待つ。ビジネスマンと一緒にリムジンに乗っていく。車種はデミオ。道路マップを借りる。

 9時20分、出発。先ず10分走って小松駅前を通り、左折して直進。国道8号線を突っ切り、360号線から157号線を走行。トンネルや道路工事で一方通行となった道が多い。気温は既に33度。白峰村から登山口に向う。牛首川に沿って登っていく。一車線になるが、ダンプが反対側から来た時は、丁度通り抜けできる広さだった。

 10時50分、駐車場。仕度を済ませ、400m先の別当出会まで歩く。ここで水を確保、トイレにも行っておく。茶屋は閉まっていた。下山してくる人が多かった。

 11時15分、砂防新道を歩く。先ず吊り橋を渡ってから登る。

DSC00011.JPGDSC00012.JPG

次々と降りてくる人に「コンニチハ」を繰り返す。道は整備されているので登りやすいが、日差しが強い。右手に砂防ダムが幾つか出来、更に城砦のようなダムを建設していた。

 12時、中飯場で水場があり、一本立てる。石段道が続く。

 12時40分、木陰で休む。老夫婦と孫2人はここまで来て戻っていく。別当覗を過ぎ、高度1800mになったら、急に高山植物が現われた。ウラジロナナカマド、ハクサンフウロ、ハクサントリカブト。ジグザグに登っていく。

DSC00014.JPGハクサントリカブト

 13時35分、甚之助避難小屋。木陰に近いベンチで昼食にする。近くに福井医科大学6年生男女7人が休む。その中に東京から来ている青年もいた。白山の状況の他に、永平寺や山中温泉について教えてもらう。

DSC00015.JPG甚之輔避難小屋で

参禅する女性が、松岡にある天龍寺のことを勧めてくれた。午後2時、余りゆっくり出来ないので別れて石段を登っていく。途中、南竜道への分岐点を左折、花を観賞しながら登っていく。

 15時20分、黒ボコ岩。高度2320mまで来た。

 DSC00017.JPG黒ボコ岩

その上は弥陀ヶ原だった。ここにもマツムシソウが咲いていた。白山の主峰が見える。

DSC00018.JPGマツムシソウ

DSC00040.JPG白山

原っぱから五葉坂を登っていくと室堂に出る。

 15時55分、ビジターセンターで手続き。夕食券と朝食券をもらってから、青年が御前荘に案内する。一室の通路側にアサインされる。押し込み方式で2段目は空いていた。荷物を整理していると、通路で地元の偉そうなハゲが中年係員に説教している。「枕がないのかと聞いたらツッケンドンだった」等々。部屋で休んでいる人が多いのに、その無頓着さに呆れる。

ブランディの水割りを作って広場で飲む。睡眠不足で頭痛気味だったが、おさまる。奥宮祈祷殿の上に御前峰が聳えていた。四方形のベンチに仰向けになって休む。高層の薄雲は刷毛で描いたようだった。じっとしているところに、近層の雲がヒューと走り去っていく。シーズン中には山頂池巡りコース案内一周を自然解説員が無料案内していたが、今はやっていない。

18時前、食堂に行く。トレイにご飯、スープ、魚、目玉焼き、保存野菜料理、フルーツコンポを置き、テーブルで食べる。フリカケとお茶ポットを利用。対面した人は、名古屋から北陸道で庄川ICを経由して白水湖まで車で来た。北アルプスが良く見えたという。食後、展望台に行って日没を見る。あいにく雲の中に沈んでしまった。

DSC00019.JPG

福井県鶴来(つるぎ)高校柔道部生が夏合宿最後の催しで来ていた。部屋に戻って、上段で休む。上と下用の毛布を使う。

8月30日(金)

4時前に起きてしまい、レインウェア上着に水ポットを入れ、ストック1本にして出かける。最初、ヘッドライトを使っていたがやめる。半月の明かりで登った方が星も見え、自然との一体感を味わえた。

4時15分、太鼓の音が下から聞こえる。日の出1時間前の合図だった。振り向くと登山者のライトが続いていた。高齢者が休んでいる。荷物を持たないのでホイホイ登っていく。結局、今日の登頂者第1号だった。暗がりの奥院に参拝し、三角点に手をおく。

DSC00020.JPGDSC00021.JPG

                 白山奥宮山頂

北アルプスのシルエットは7色の光を受け、絵葉書のようにカラフルだった。景色がどんどん変化していく。槍や穂高、乗鞍、御岳さらに恵那山の形がはっきり見える。

DSC00023.JPG

5時前、日の丸印のハチマキをした宮司が御来光を待つ間に白山について講義する。

「白山は御前峰、大汝峰、別山から成り立っています。1億5千万年前は琵琶湖の10倍ある湖だったところに爆発が繰り返され、一時期、3000mになったこともあります。白山火山帯は普賢岳まで繋がっています。この山からの水が手取川、九頭竜川、長良川、庄川が石川県、福井県、岐阜県、富山県へと流れ、水が信仰の素になっています。昔は下から拝んでいましたが、717年、泰澄大師が夢のお告げによって登拝し、天法輪の岩屋に篭もって開祖となりました。1659年以来、休火山です。開山祭りの頃の御来光は薬師岳の上ですが、このごろは槍と穂高の間から現れます。手前に見える雲海は台風の影響と思われます。今朝のような風景は中々見られません。時間は22分頃、その後、万歳三唱したいと思いますので、こちらから言うまで言わないで下さい」

5時22分、あっという間のことだった。ピカッと光った後、一気に太陽が出てくる。宮司も一眼レフを構えて撮りまくって、万歳の合図を忘れていた。

DSC00027.JPGDSC00028.JPG

写真を撮り合ってから、御宝庫という大岩から火口へジグザグに降りていく。イワヒバリだろうか、群れをなして飛んでいた。紺屋ヶ池、翠ヶ池、血の池を巡っていく。

DSC00031.JPG翠ヶ池

イワギキョウが咲き、イワヒゲやツガザクラが岩にしがみついていた。

DSC00032.JPGイワギキョウ

大汝峰に向う分岐点にリュックをデポして登っていくハイカーがいた。千蛇ヶ池には雪が残っていた。案内板に、開祖が千匹の大蛇を万年雪に封じ込めたという伝説が書いてあった。万一、雪が溶け、蛇が出てくるおそれがある時には、御宝庫が崩れ落ちて池をふさぐという。

DSC00035.JPG千蛇ヶ池

ここにも竜神伝説があった。竜神は水神でもあり、タイ等の東南アジアにあるナーガ信仰と繋がっている。稲作伝播とともに八岐大蛇伝説や、ここの竜神伝説が流布されたのであろう。九頭竜川の名前もそうだ。

ハイマツ林と花畑を見ながら遠回りして行く。鳥の声が聴けるかと歩いていたら、「ヤッホー」とヒトの声だった。案内板によると白山には250種の花があり、ハクサンという名がついた花が20種ある。木イチゴを見つける。

DSC00036.JPG木苺

DSC00037.JPG室堂

6時40分、室堂に戻る。朝食は卵巻、味噌汁、鮭の塩焼き、海苔に椎茸。食後、200円払ってテルモスにお湯を入れる。帰りに奥宮祈祷殿で安産のお守りと白山比咩(シラヤマヒメ)神社奥宮と書いた御神符を買う。

DSC00038.JPG奥宮祈祷殿

ここに大太鼓があった。荷物をまとめ、トイレに行き、水を補給する。

7時40分、出発。黒ボコ岩から観光新道を降りていく。蛇塚のケルンは崩れていたが、ハクサンフウロやイブキトラノオの白い花が群生していた。その後も高山植物の花園だった。一般ハイカーを避けて登ってくる人もいた。

DSC00039.JPG左上、ハクサンフウロ

DSC00041.JPGイブキトラノオ

8時30分、殿ヶ池避難小屋。高校生達が休んでいた。ここはトイレと板敷きだけ。若手には抜かれるが、年配者を追い抜いていく。日が上がって来て、木陰が少なくなってくる。ビタミン入り水を飲む。横浜から車で来た夫婦と前後しながら降りる。別当坂分岐点からは急勾配だったが、ロープや鎖はない。途中、木陰に入って息を整える。別山に続く尾根が見える。

DSC00042.JPG中央、別山

10時10分、工事用道路に出ると横浜夫妻が水場にいた。頭にかぶる。25分後、登山口に戻る。タオルで上半身の汗を拭き取る。

         霊山や日焼けし顔の汗拭う

駐車場に出て車内で残飯整理、お湯を使って味噌汁やお茶を飲む。

11時25分、出発。ダンプの後ろについて平均時速60キロで走る。日本有数の豪雪地、白峰村で一度温泉街の方を走って見る。旅館や民宿が20軒ほどあるが、閑散としていた。純重曹泉が湧き、肌が絹のようになるので「絹肌の湯」と呼ばれているところだ。国道157号線に出て勝山に向う。一気にスピードアップ。勝山からは九頭竜川と線路に沿って走る。あとは永平寺の標識に従って走る。

12時45分、寺前の土産店の駐車場に車を止め、鍵を預けていく。帰りに1000円以上の買物をすれば無料になる。道には僧侶たちがカートを引いていた。

DSC00046.JPG永平寺町

全国各地からやってきている。参拝コースに従って手水で口をゆすいでから入る。参拝料400円を払い、靴を袋に入れて持つ。4人1列に並び、切符を箱に入れて吉祥閣で参拝コースとルールの説明を合掌してから受ける。

「七堂伽藍の中の僧堂、東司、浴室は三黙道場と言って声を出さないところです。山門は、住職か、修行に始めてやって来た者と寺を出る者しか通れません。現在260名が修行しています」

再び合掌して、別の僧侶に導かれて次の所に移動する。傘松(サンショウ)閣。156畳、天井には日本画家144名による花鳥風月の絵230枚が格子状に展示されていた。川合玉堂「杜若」や伊東深水「躑躅」はわかるが、他の作品はわからない。

DSC00050.JPG天井画

次は山門。最古の建物で、ここを通れるのは管長と修行者が入る時と出る時だけ。2つの細長い板には、決死の覚悟で修行に挑む者だけという意味が書いてある。門には四天王像が立っていた。天邪鬼など煩悩が入らないように踏ん張っていた。ここから五代杉の巨木と、年越しに放映される鐘が見えた。1回の突きで2分から3分響く。

DSC00051.JPG鐘楼堂と大杉

次は大庫院。料理番は午前1時半から準備して3時半からの食事を提供する。ここには守護神の韋駄天像が安置されていた。火事に対応できること、出来た食事が冷めない内に出せることからだ。柱に大きなスリコギ棒が立てかけてあった。これを触ると料理の腕があがるとのご利益があるという。次は伽藍の中心、中国様式の仏殿。祈祷と書いた額縁が仏像の上にかけてあった。

DSC00053.JPG仏殿内

世界平和と仏教繁栄を祈っているという。ここら辺りから食傷気味になってくる。僧侶による説明も、ここで終った。道元が今の状況を見たら、どう思っただろうか。只管打座を説いていたのに、観光業をしている姿を。緩やかな階段の回廊を登って法堂(はっとう)に行く。最大建築物で説法道場だった。道元の墓のある承陽殿に行ってみる。中には入れなかった。隣りに白山の山麓から湧いた水のことが案内されていた。7月中旬には僧侶たちが白山を登拝する。

              雪の音警策の音永平寺      阿波野青畝

ここの寺は冬の厳しさに訪れるのが相応しいようだ。最後に聖宝閣を観ていく。34歳の時の普歓座禅儀や正法眼蔵などの著書を観る。道元は村上天皇の9代目にあたっていた。土産店に戻り、胡麻豆腐を買って車の鍵を返してもらう。お寺の石に道元の和歌が彫られていた。

DSC00055.JPG

春は花夏ほととぎす秋は月冬雪さえてすずしかりけり

14時過ぎ、出発。途中、「天山」でトロロ蕎麦を食べる。九頭竜川を渡って左折、竹の里を過ぎて右折、あとは国道364号線を走る。ぐんぐん高度をあげトンネルを越えて降りて行く。松尾芭蕉が9日間も逗留した山中温泉に向う。奈良時代、行基によって発見されたところだ。

15時10分、「ゆーゆー館」に駐車。洗面道具と替え着を持って入る。

DSC00056.JPGゆーゆー館とレンタカー

ここは1日プールやテニスを利用できる1200円コースと健康湯のみの500円コースがあった。健康湯にする。先ず身体を洗い、気泡湯、香り湯に入ってから髭を剃り、髪を洗う。その後、露天風呂、うたせ湯を使う。

16時、出発。国道8号線に出て右折、小松市内に入ってから空港の標識があった。標識を頼りに空港に行き、レンタカー事務所に戻る。松前蟹のことを聞く。時期は11月から。未だ時間があるので安宅ノ関を勧められる。

松林に沿って走ったところに駐車場があった。地元の人に聞いて、東京からドライブして来た夫婦と一緒に行く。句碑が立っていた。     

       落ちて行く主従を偲ぶ松しぐれ      紅果

金毘羅神社には初老記念奉納の狛犬や燈篭があった。安宅住吉神社に入る。巫女さんが無料解説するというので、他の4人と聞く。勧進帳の素になるシーンを述べ、弁慶に打ち据えられる義経を桐板に押絵で書かれたものや、別室の版画や武具を説明する。

DSC00057.JPG弁慶像

結局、難関突破の守護神として、お守りを案内される。海岸の方に歩いていくと、与謝野晶子の歌碑が石に刻まれていた。

DSC00058.JPG与謝野晶子歌碑

 松立てるあたかの沙丘その中に清きは文治三年の岡

 加賀海岸は、昨日の朝、空から見た通りだった。灯台も近くにある。しばらく日本海の潮の臭いを嗅いでから戻る。空港近くのガソリンスタンドで満タンにする。18時に事務所に行き、車を返し、空港まで送ってもらう。帰りの便も最後まで待たされて乗り込む。羽田に着陸したのは21時だった。

Hakusan(2702m) in Ishikawa pref. 100Famous mountains in Japan

1.   Accesscar is better. Komatsu airportnational road 360,157,pref.33,Bettoudeai

2.   AccommodationMurudou(need reservation076-273-1001)one night two meals 7700yen

3.   Information:Hakusan city Shiramine branch(076-259-2011)

4.   SeasonmidJun to midOct

Records

Aug29   Sabou shindou route

11:15-12:00 climb from Bettoudeai(1260m) to Nakahanba (1550m)where is water place.

12:10-13:35 climb stone stair to Jinnosuke refuge lodge(1970m) and take meal.

14:00-15:20 climb to Kuroboko rock(2320m).

15:25-15:55 climb to Murodou lodge and stay.

Aug30 Kankou shindou route

4:00-4:30  climb to peak without bag.5:22 sunrise

5:25-6:40  down to crater and looking around ponds,flowers,back to Murodou lodge.

There are 20 original flowers in the mountain.

7:40-8:30  down to Tonogaike refuge lodge.

8:30-10:35 down to Bettoudeai.


グランパの日記Akihata's Diary [登山mountaineering]

            飯豊山(2105m)

1.2002年8月20~23日

2.同行者:HM兄弟、MI

3.交通機関 東北・山形新幹線:東京―米沢、米坂線:米沢―小国(¥6090+新幹線¥5290)、小国町営バス:小国―飯豊山荘(¥700)タクシー:飯豊鉱泉―いいでの湯―喜多方(¥16000) 磐越西線:喜多方―郡山、新幹線:郡山―東京(¥4280+¥5250

4.宿泊:飯豊山荘(12食¥6450)梅花皮(カイラギ)小屋(¥1500)三国小屋

5.温泉「いいでの湯 」¥500

地図:国土地理院1:25000飯豊山、川入、大日岳、長者原

   昭文社:山と高原地図⑩飯豊山

8月20日(火)

 9時過ぎ、東京駅で東北新幹線の23番ホームに立つ。山形方面の車両は前方だった。車両は予定より遅れて着く。人が降り、清掃を終えてから皆で乗り込む。一列に4席、幅は狭い。しばらくM兄と話した後、休む。福島に着くと、前方の7両と後方の9両が切り離される。その間に特急が追い越して行った。山形方面の軌道も広い。車体の幅が狭いのは、トンネルの大きさのようだ。

 11時52分、米沢駅。階段を登らず、奥のホームに停まっている坂町行きのディーゼル2両に乗り換える。

12時16分、出発。通学生が乗り降りしていたが、今泉駅を過ぎると空いてしまう。窓に雨が降りかかる。一面、稲穂が実った畑だった。「てのこ」駅を過ぎると山間に入っていく。

 13時39分、小国駅。風雨が強く、傘をさして車屋に行き、ビールを飲んで昼食をとりながら時間をつぶす。駅舎でバスを待つ。

 14時40分過ぎ、ミニバスがやって来る。我々の他に3人、途中、7人乗り込む。小国街道を走ってから山に入って行く。途中、梅花皮荘に寄る。隠居夫婦も降り、我々だけになる。

 15時40分、飯豊山荘。多賀城高校山岳部の生徒がいた。山から降りてきたばかりで、無口。8畳部屋に入り、早速、風呂に入る。炎症に効く温泉だった。

 17時30分過ぎ、連絡があり、食堂に行く。岩魚の揚げ物や山菜が用意されていた。食後、弁当をピックアップし、部屋で飲む。テレビは衛星放送しかやっていなかった。

8月21日(水)雨

 4時前、人声で起き、オニギリを一つ食べる。外は雨が降ったり止んだりしている。台風13号は日本列島に近づかず北上しているのに、未だ影響があるのだろうか。

   6時、高度400mから出発。湯ノ沢に架かる橋を渡って直ぐ右に登山道がある。急登が続く。ヒメコマツ、ブナの中、足元に気をつけながら黙々と登る。動いていた雲の間から日も差してきた。

 8時30分、高度1000mを越えたところで滝沢峰に達する。一休みして一気に高度80m降り、ブナ林を登り返す。滝見場に着いたが、虻が襲ってきて滝を探す余裕はない。口や耳、目、鼻、どこにでもまつわりつく。雨も降っていたのでレインウェアのフードを被り、口もカバーする。ひたすら尾根を登っていく。

 10時30分、五郎清水で休んでいたら、中年のオッサンが登ってきた。佐世保の公務員で、7時半に飯豊山荘を出たという。恐ろしい速さ。島原出身のM兄弟とお国言葉を交わした後、お先に行ってもらう。ダケカンバの林を登っていく。途中、夫婦が降りてきた。梅花皮小屋を出て4時間かかっていた。段々緩やかな登りになってくる。足元にトンボを見つける。

          冷風の命尽きたる蜻蛉かな

 11時50分、高度1692mの梶川峰に着く。視界は一向に回復していないが、高山植物が咲いていた。タカネマツムシソウと薊が多い。

DSC00010.JPGタカネマツムシソウ

ミヤマコゴメグサの小さな花を見つける。

DSC00006.JPGミヤマコゴメグサ

 分岐点を左折。途中、小さな慰霊碑が立っていた。享年26歳、平成3年のことだった。

 13時10分、門内小屋に入ると混んでいた。残りのオニギリを食べ、お茶を飲む。塩

釜高校の先生が入ってきた。生徒7人と助手1人は外に居た。これから飯豊山荘に向う。

DSC00007.JPG門内小屋

近くに門内岳の石標があった。

DSC00009.JPG

30分後、出発。M兄が先頭に立ったが、早く歩いたせいか足が攣ってしまう。それからは、ゆっくり歩く。北股岳には鳥居が立っていた。花園を見ながら降りていく。

DSC00011.JPG北股岳

 15時10分、梅花皮小屋。普通の2階建ての建物。Hが手続きをしている間、50m離れた水場に行って水を補給。濡れたレインウェアをかけ、靴を脱いで2階に行こうとしたら、佐世保のオッサンが現われる。何時の間にか、抜き去っていた。ばつが悪くなったのか、1階の奥に行ってしまう。2階には青年グループと年配者3人がいた。板敷きだが、湯沸しできるようにマットの他、台座が用意されていた。禅寺で食べる趣き。いざ、ガスバーナーに火を点けようとしたら、一向に点かない。なんということはない、ライターの油が切れていた。隣の人がライターを貸してくれる。メニューはサラダとカレーライス。サラダ菜とトマト、ミョウガをちぎり、水を入れて大きくしたワカメをまぜ、ドレッシングで和える。初めてやってみたが、結構いけた。

 17時30分、寝仕度。長袖やズボン下着の上に厚手のシャツとズボンを着て、シュラフカバーの中に潜り込む。毛布を500円で借りられたが、マットだけにする。携帯

ラジオを聴いたが、東京からのが微かに聴こえるだけだった。途中、冷え込んできて目覚める。テントカバーをかけたら、暖まってきた。

 8月22日(木)晴

 4時前、隣りの音で目覚める。トイレは水洗式だった。朝食はパンとコーヒー。外は晴れているが、風が強い。

 5時25分、出発。ガスが立ち込めていた。ニッコウキスゲが斜面に咲き、残雪の手前にコバイケソウが咲いていた。さらにハクサンシャジンが現れる。

DSC00015.JPGコバイケイソウDSC00016.JPGハクサンシャジン

55分で烏帽子岳。晴れてきたのでレインウェアを脱ぐ。左手に飯豊本山が見えてきた。

DSC00025.JPGDSC00027.JPG

 しかし直ぐガスがかかってしまう。御手洗の池を過ぎた頃、雨が降り出し、又レインウェアを着る。

DSC00032.JPG御手洗の池

 道脇に咲く花を眺めながら歩く。昨日はなかった花を見つけると撮っておく。イイデリンドウは青色の5弁の可憐な花で、数も少なかった。

DSC00033.JPGイイデリンドウ

 8月の飯豊の花はハクサンチドリ等の紫が基調で、シナノキンバイ、ニッコウキスゲの黄色とミヤココゴメグサ、イブキトラノオの白がアクセントをつけていた。

DSC00020.JPG雨に濡れたハクサンチドリ

DSC00019.JPGニッコウキスゲ

 9時20分、御西小屋。中に入ると、かなり混んでいた。ここから大日岳を目指すようだ。同じルートをとっていた母子3人も食事していた。青年が無線を使って連絡を取り合っていた。ここは素泊まり2千円、酒も用意されていた。一息ついてから出る。

DSC00036.JPG御西小屋

 咲き終わったチングルマの髭が風に揺れていた。玄山道分岐点でウェアを脱ぎ、登る。振り向くと残雪の奥に飯豊連峰の最高峰、大日岳が見えた。

DSC00037.JPG大日岳

 11時5分、駒形山。いよいよ本山が近づく。少し降りてから一気に登りつく。頂上付

近は岩場になっていた。

DSC00038.JPG飯豊本山

 11時32分、飯豊本山登頂。ケルンの下部に小さな石祠がある。古くは652年に役小角が登り五社権現を祀ったと伝えられている。

DSC00039.JPG飯豊山頂

 最高峰の大日岳など南側は良く見えていた。山形の高校山岳部生6人がやってきた。これだけ高校生に会えるとうれしくなる。「生涯、忘れないで下さい」と声をかける。

 ここは福島県。廃藩置県後、飯豊山付近の東蒲原郡が新潟県に編入された折りに、飯豊

山神社を本宮として山岳信仰の行事を行なっていた福島県の住民が猛反対。御西岳から三

国岳まで幅1m、7.5キロの登山道が麓宮のある福島県一ノ木村の土地となった経緯があ

る。登り返して20分後、飯豊山神社に出る。鳥居の先に小屋の形をした神社があった。

DSC00040.JPG飯豊山神社

に尾根伝いに歩いていく。地図に御秘所と書いてあるところは、岩場で北側が絶壁だった。

 13時45分、草履塚を通過。30分過ぎ、切合小屋に出る。主人にことわって水を補

給させてもらう。近ツリのガイド2人がやって来て「14人お世話になります」ときちっ

と挨拶していた。ハイカーは丘の上で休んでいる。北側からガスが立ち上がっていた。種

薪山の肩を過ぎ、昇り降りを繰り返して行く。マツムシソウや名前のわからない花が咲いていて飽きない。

DSC00034.JPGマツムシソウDSC00044.JPG

 その内、雨が降り出す。4人は、そのまま歩いていくが、レインウェアを着込む。最後に一気に登って三国小屋に辿りつく。16時だった。1階には中年夫婦がいた。隣りのスペースを使う。他の4人は2人分のところを確保していた。2階には6人が使っていた。湯を沸かし、ご飯を作った後、鮭缶を開け、残った野菜、韓国海苔、味噌汁の素、吸い物の素と一緒に煮込む。最後に醤油をたらして食べてみる。美味い。4人にも食べてもらう。食後は、酒のツマミにモロキュウを作って食べる。隣りのオバサンが「夕陽がきれい」と言ってきた。外に出ると、大日岳の上に太陽があり、飯豊本山も見える。反対側には吾妻山系、安達太良山、磐梯山そして猪苗代湖が見えた。いずれも足跡を残してきたところで眺めも格別だった。

DSC00046.JPG吾妻山系

 19時前、満月が吾妻山系の近くに現われる。

DSC00047.JPG

 隣りの夫婦は相馬からで、毎年、飯豊山に登ることにしている。明日、ここに荷物をデ

ポして登る。オジサンはシャックリするほかは大人しいが、オバサンはシャベクル。本当

は切合小屋まで行く予定だった。管理人がいないので、ここのトイレは使える状態ではな

い等々。しばらく付き合ってからイヤホーンでラジオを聴く。

8月23日(金)

 4時、外で小用を済ます。星が少し見えていた。皆を起こして仕度。

 5時30分、一気に高度を下げる。岩稜が続き、目が覚める。鎖場が続く。今回最大の

山場だった。

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 慎重に足を運び無事通過。やがて3時過ぎに登りだしたハイカーに会う。

 7時過ぎ、横峰を通過。次第に土が抉られた道を降りていく。白いギンリョウソウが増えてきた。

 7時45分、上十五里。遂に我慢できずに、奥に行って排便。スッキリする。しかし左膝が痛み出した。ストックを使って庇いながらブナ林の中を降りていく。45分後、下十五里を通過。そこらじゅうで土が流され、木を頼りに降りていく。

 9時20分、御沢の杉大木の下に出る。樹齢400年以上で4本立つ。「須佐之男命を祀った精進、潔斎の場」と書いてある。栃は神木として守り続けられている。

DSC00049.JPG御沢の杉

 ここは遊歩道との分岐点になっていた。一ノ戸川に沿って林道を歩く。

DSC00050.JPG蕎麦畑

 10時10分、飯豊鉱泉。民宿が幾つかあるが、閑散としていてひと気がない。シーズンが終り、風呂を沸かしていなかった。庭仕事しているオバサンから、「いいでの湯 温泉を勧められる。山都タクシーに電話して来てもらう。川入で待つ間に、靴やストックの汚れをとっておく。やがてリムジンタクシーがやって来た。8人乗り。一路、山間を降りていく。視界が開けたところに温泉場があった。竹下登の「ふるさと創生」1億円計画で出来たところ。まず身体を洗ってからバブル湯に入る。極楽の境地。今度は頭を洗い、髭剃り、歯磨きを済ませる。次に鉄分入り風呂、露天風呂に入る。締めは湯あたり。肩や腰に落ち湯をあてる。

           飯豊の湯登山の疲れ癒しけり

 入浴後、ビールで乾杯。食券を買って天ぷら蕎麦を食べる。 

 13時10分、さっきのタクシーに乗り込み、喜多方駅に向う。車内で千葉のT氏に電

話、来月の予定を打ち合わせていたら、途中で圏外になってしまう。35分後、駅に着く。駅前の土産店「甲斐商店」で喜多方生ラーメンと原酒「吉の川」を買う。店を出ると観光用、蔵馬車が2台あった。

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 写真を撮ってもらう時に、馬が、伸ばした手に口をあててきた。

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 14時16分、快速バンダイ号が出る。猪苗代駅でどっと乗り込み、ゴルフ帰りのオッ

サン4人が隣りに座る。会社の空気を引きずっていた。郡山には10分遅れて到着。

 16時4分、MAXやまびこ48号が出発。2階に座る。金曜日のせいか、次々に席が埋まっていく。

 17時25分、上野駅で降りて4人と別れて帰る。

Iidesan(2105m) border of Yamagata,Niigata,Fukushima pref. 

100Famous mountain in Japan

1.AccessTohoku,Yamagata Shinkansen Yonezawa stationYonesaka lineOguni stationOguni Bus(0238-62-2260)Iide sanso(lodge)

2. AccommodationIide lodge(0238-64-2111)one night two meals6450yen

        Kairagi lodge(0238-62-3885)no meal 1500yen

3.InformationOguni town office(0238-62-2111)

             Kitagata city office(0241-24-5243)

4.SeasonmidJun to Oct

Records

Aug21

6:00-8:30     climb steep from Iide lodge(406m)among beech woods to Takizawamine(1021m).

8:40-10:30    climb to Goroshimizu(water place).

10:40-11:50   climb ridge to Kajikawamine(1692m).

12:00-13:10   walk and climb ridge to Monnaidake(1887m)and take meal.you can see many kinds of alpine plant flower.

13:40-15:10   walk and climb ridge to Kitamatadake(2025m),down to Kairagi lodge.

Aug22

5:25-6:20    climb ridge up and down to Eboshidake(2018m).

6:30-9:20    down and up to Onishidake(2013m).

9:30-11:32   climb to peak(Iide honzan).

11:45-12:05  down to Iide shrine.

12:05-13:45  walk ridge to Zouriduka(1908m).

13:50-16:00  walk ridge to Mikuni lodge(1644m).

Aug23

5:30-7:05    down to Yokomine(1334m).

7:05-8:30    down to Shimojyugori using chain.

8:35-10:15   down to Kawairi(470m).

Taxi : Aizunoriaijidousha(0241-22-1151)

    Spa:Iidenoyu(0241-39-2360)


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