グランパの日記Akihata's Diary [登山mountaineering]

          棚横手山と白石山(和名倉山)の山旅①

1.2007年5月24~25日

2.同行:I、Y

3.宿泊:将監小屋12食¥7000

              棚横手山(1306.2m)

地図:昭文社・山と高原地図24大菩薩連嶺

5月24日(木)晴                      

 6時、大森駅西口でI車に乗り込む。環7から永福町で首都高速に入る。圏央道が来月23日に開通するという垂れ幕が出ていた。途中、談合坂SAで朝食。勝沼ICで降りる。

 8時10分、登山口。1台停まっていた。20分後、大滝不動に向って登っていく。赤堂の奥の崖にチョロチョロと水が落ちていた。林の中を登る。途中、出来たての林道を横切る。

 9時10分、富士見台。棚横手山の標識が出ている。

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 富士山を横に見ながら登る。

DSC06628.JPG富士見台

     残雪の富士仰ぎたり富士見台

 チョウセンアサガオに似た花や山ツツジが咲いている。

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 9時35分、棚横手山登頂。山梨百名山で「大富士見台」でもあった。

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 熊蜂1匹に歓迎される。20分後、下山。富士見台の先へ登り返し、展望台に行ってみる。甲斐御岳山で甲州市が一望できた。蝉が既に鳴いていた。

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11時、登山口に戻る。国道411号に出て青梅街道を北上。柳沢峠を越えて、柳沢川に沿って降りてから、一ノ瀬川を遡る。新緑の中、狭い道をくねくねと走って高原に出た。

12時40分、民宿みはらし小屋の駐車場に停める。おばさんに2日分、1000円払い、お茶や漬物のサービスを受ける。一帯には400年前の武田一族の落ち武者が住んでいたという。丁度今晩泊まる将監小屋の主人田辺金雄氏がおり、軽トラックの荷物台に犬と荷物と一緒に乗せてもらう。

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12歳の雄犬は落ち着いたもので、Ⅰの足に足を置いたりする。飛竜山や竜喰山が良く見えた。新緑の唐松林が続く。そこかしこに鳥の巣箱が木にかけてある。

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将監峠を通過。

DSC06640.JPG将監峠

500m行かない内に将監小屋に着く。高度1740m

14時40分、水ポットを携帯リュックに入れ、明日のコースの下見を兼ねて唐松尾山まで行ってみる。小屋から一気に高度100mほど登って将監峠に出、牛王院平で帰りのルートを確認、山ノ神土で左に折れて歩く。

DSC06642.JPG山の神土

15時15分、唐松尾山。2109.2メートル。唐松と石楠花の木で覆われていて視界はない。

DSC06643.JPG唐松尾山

峠から別の道を歩いてみたが、小屋の上を通り過ぎてしまい、笹原を降りるより峠に戻って降りていく。昭和49年5月1日に萬羽日出夫君が遭難した碑がある。享年18歳だった。

DSC06644.JPG遭難碑

16時45分、小屋に戻り、水場に缶入り原酒を冷やして飲む。夕食はカレーライス。ここは雲取山から甲武信山に続くルートにあり、新年をここで迎えた人がノートに書いていた。食後、大広間に布団を引いて寝る。酒が効いたのか、Ⅰと中国や政治、教育問題を議論している内に寝てしまう。

  


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